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シャネルコラム

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意外と知られていない!シャネルの創業者「ココ・シャネル」の壮絶悲惨な人生

2016年8月21日

シャネル

誰もが知っているブランド、シャネル。「シャネルを知らない人はいない」ともいわれるほど、世界的有名ブランドとしての地位を確立しています。そんなシャネルの創業者は、いわずと知れたココ・シャネル。「古い価値観にとらわれない女性像」をブランドポリシーに掲げ、一代でシャネル・ブランドを築き上げたココ・シャネルには、過去に壮絶な人生がありました。今回は、世界的ブランド「ココ・シャネル」の壮絶な人生についてご紹介します。

壮絶な過去

フランスのオーヴェルニュ地方に生まれたシャネルは、11歳のときに母親を病気で亡くします。父親にも捨てられてしまい、孤児院で過ごすことになったシャネル。年頃になると、お針子の仕事をやりながら歌手を目指すようになります。歌手になるためにキャバレーで歌いながらオーディションを受け続けるも、落ちるばかり……。
ちなみに、シャネルの愛称であった「ココ」は、この時期に歌っていた曲のタイトルからきているのだそう。

「退屈しのぎ」がきっかけ

オーディションに落ち続けていたシャネルは、芸能界を諦めることに。その際、暇つぶしで作っていた帽子が「デザインが素晴らしい」と評判になり、帽子のアトリエを開業することに。その後、彼女は「男尊女卑」の考えが強い男性とその真逆の理解力のある男性との交際を経て、彼らの協力もあり、自分の名前を取った「シャネル・モード」というお店を開いたのです。
「女性の自立」をモットーに女性のための革新的なデザインを次々と発表し、大成功を遂げたシャネル。しかし、1939年に労働者からのストライキを受け、香水を扱う一部店舗だけを残し全店舗を閉鎖することに。そして、ファッション業界から引退することとなります。さらに、戦時中はスパイ疑惑をかけられスイスへ亡命するも「売国奴」と呼ばれ、ひどいバッシングを受けることに。
亡命生活を経てパリに戻ったのは、1954年のこと。ファッション業界へ戻ったシャネルはひどいバッシングを受けるも、女性の社会進出が進んでいたアメリカでは見事大ヒット。「過去50年間でもっとも大きな影響力を与えたファッションデザイナー」としてオスカー賞も受賞し、現在の地位の確立に至ります。

現代にも引き継がれているシャネル

1971年にココ・シャネルが亡くなってからも、シャネルは数あるブランドの中でも高い人気を誇り、地位を確立し続けています。
そんなシャネル・ブランドは、買取専門店でも大人気!ゴールドウィンでも、高価買取価格で買取いたします。押入れに眠っているシャネルアイテムがあれば、ぜひ買取専門店ゴールドウィンにお持ち寄り下さい。

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